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エンブリィ・リドル航空大学のビデオ(Beyond
Flight)を見る

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THE SKY IS HOME
The Story of
Embry-Riddle:
The World’s
Leading Aviation /
「陸軍航空隊は僕を熱気球の学校に行かせようとしたんだ。でも熱気球なんかに全然興味はなかったね。僕は飛行機で空を飛びたかったんだ」。
-- ジョン・ポール・リドル、1920年
エンブリィ・リドル航空大学は、奇妙な大学である。だいたい、そもそもが大学として始まったものでもなんでもないからである。
大学の公式記録によると、1926年、当時黎明期だった飛行機に興味を持った企業家
(タルトン・ヒグビィ・エンブリィ)
と、陸軍航空隊あがりで当時、曲芸飛行
(英語では、バーンストーミング、と言う)
をして飯を食っていたパイロット
(ジョン・ポール・リドル)
が二人で始めたエンブリィ・リドル・カンパニーというチッポケな会社がそもそもの始まりである、とされている。この会社は、今で言うところのいわゆるベンチャー・ビジネスというやつである。何の会社かと言えば、何と飛行機のセールスをする会社だったという
(つまり、カーディーラー、ではなくてプレーン・ディーラーとわけであった)。
しかしながら当時このビジネスを始めた当初はやはり大変で、何せ全然飛行機が売れなかった
(筆者注: そりゃあそうだろう)。エンブリィがこの会社の資金面の面倒を見たそうだけど
(筆者注: リドルは陸軍航空隊あがりで曲芸パイロットしてたくらいだから金はなかった)、エンブリィは、当初あまりにも飛行機が売れないというので、自分のポケットマネーで一機
(自分用に) 購入、さらに、自分の母親にもさらに一機、無理矢理頼みこんで買わせたらしい
(筆者注: オイオイ、飛行機の操縦できないのにかわいそうだよ)。そんなこんなで始まったエンブリィ・リドル・カンパニーではあるが、やがて飛行機パイロットの訓練をするフライト・スクールとして、当初の目的から多少外れるものの、発展を遂げて行くのであった。ちなみに、このエンブリィ・リドル・フライト・スクールはアメリカ合衆国で最初の民間航空機パイロットの訓練校なのである。

は以下に続きます
(現在執筆中)。
(2) エンブリィ・リドル・カンパニー

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工学部航空宇宙工学科の教授陣のご紹介
(注: 筆者の独断と偏見による)
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2003-05: エンブリィ・リドル航空大学採用面接試験
2003-08: いきなり電話で採用通知、引っ越し、そして秋学期始まる
2003-12: ようやく秋学期が終わってホッとするヒマもなく
. . .
2004-04: シアトルに
(センセになってから初めての)
出張なのだ

( リアル・プレイヤー
が必要です)
エンブリィ・リドル航空大学の紹介 エンブリィ・リドル航空大学の歴史
キャンパスの紹介 アカデミック・プログラム キャンパス・ライフ


EMBRY-RIDDLE & JAPAN 国際交流プログラムのページ
(現在工事中)
後輩の学生諸君に贈る体験記「アメリカ留学への道」(現在執筆中)
現在工事中です。ご容赦下さい。
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Deployment

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©2004, Shigeo Hayashibara (All Rights
Reserved)

エンブリィ・リドル航空大学・プレスコット・キャンパスのOBでエアライン・パイロットとして活躍しているYOSHIさんのホームページ
(パイロットを目指す方は必見)
同じくエンブリィ・リドル航空大学・プレスコット・キャンパスのOBでエアライン・パイロットとして活躍しているNAOさんのホームページ
(これまた必見)