エンブリィ・リドルの物語 (4)

THE SKY IS HOME

The Story of Embry-Riddle:

The World’s Leading Aviation / Aerospace University (エンブリィ・リドル航空大学公式記録) より

 

 

タルトン・ヒグビィ・エンブリィとジョン・ポール・リドル (その 2)

 

 

 

 

 

ジョン・ポール・リドルは1902年にケンタッキー州のパイクビルで生まれた。エンブリィよりも5歳年下である。この男、飛行機乗りになるために生まれてきたようなものであろう。18歳で軍に志願するのであるが、その目的は飛行機の操縦を学ぶ、ということにあった。当時、飛行機の操縦訓練などということができるのは軍だけであったからである。この「パイロット」という人種であるが、普通の人間とはかなり違うのである。このことは、特にエンブリィ・リドル航空大学にあっては重要であるので、ここで少し書いておこうと思う。

 

エンブリィ・リドル航空大学は、もともとフライト・スクールであった。このため、この大学の花形はやはり航空学部である。アメリカ合衆国で、航空機のパイロットになりたいのなら、空軍 (エア・フォース) に志願するか、エンブリィ・リドル航空大学に行くかのどちらかだとまで言われているほどである。この航空学部でパイロットを目指す学生たちであるが、この大学のスター学生と言ってもよいであろう。革製のフライト・ジャケット (たいていの場合エア・フォースとかエンブリィ・リドル航空大学のロゴマーク入りのオリジナル) をスリムに着こなし、パイロット・サングラスをかけ、遠くから一目見ただけでそれと分かるような、パイロット・ファッションで決めている。ハッキリ言って、シブイ。そして、カッコイイ。本人もそれを意識しているようなフシがあり、「パイロットらしい」態度を取ろうという姿勢が見える。リドルの若い頃にソックリ (なのではないか?) と思われる学生たちがこの大学には沢山いるのである。そういう意味では独特の雰囲気がある大学である。

 

 

 

 

 

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